土曜日に授業をとっている代わり、月曜日はあまり忙しくしていません。日曜は色々と用事が入ったりするので最近は、月曜は自分に甘く過ごしています。そんなこといってる場合じゃないのかも知れませんし、でもそうしています。
先日店で常連さんと、1日の終わりに贅沢な瞬間を用意するといい、1日全体がきっと変わるというお話をしました。
そこで今日は、いつもより贅沢なビールを、冷凍庫で冷やしたジョッキに注いでいただきました。
こちらは、刺身でも美味しくいただけるマグロと蛸を敢えてたこ焼きのタネでコーティングして軽く揚げてみました。至極の贅沢で御座います。
去年はフィリピンで観られなかった邦画を今ぞと見漁り、今日は間隔をあけて3作品観ることができました。
得ようとか、学ぼうとか、邪念なのでしょうか。最近はただみることが出来ないのです。
こんな1日もまた良いものです。家(うち)では癒されることはあれ、新たに傷付きはしませんから。
そして傷付くチャンスのない時間というのは果たして喜ぶべきものか、知るか、それはバランスである。
ただその時間を導きも遠ざけもできる今の自分を、そんな自分だと認めるだけ認めようか。
小さなことと大きなことに一貫性を見出だせない人生は悲劇であるし、
頭がよくてもわるくても有難うとすみませんをきちんと言えない人生は真には寄り添われない。
努力と能力では歯痒いかなどうしようも手先が届きそうで届かない、そして届いて届かれてとそんな原っぱに立ちたくなる、勘。
ではゆっくり湯船に浸かって寝るとします。明日もあるく。